『日の名残り』カズオイシグロ〜政治小説としての側面
カズオイシグロ氏がノーベル文学賞を授賞したのをきっかけに、数十年ぶりに『日の名残り』を読み返した。
以前読んだときは、執事という大英帝国の貴族の館に勤めるというか、奉仕する独特の
職業と職業意識、言葉遣い、ミスケントンとの実らなかった愛情と慕情、晩年に差しかかって主人公スティーブンスの新たな人生への思いが大英帝国の没落と重ねて描かれた、実に美しい文体と言葉遣いの作品だと思った。
感情を抑制した実にイギリスらしい作品を書いたのが、日系イギリス人のカズオイシグロ。
今回は、文庫本では字が小さいのでKindle版で読んだ。時は、スティーブンス同様私にも時に残酷な仕打ちを行い、同時に豊かな実りを与えてくれる。
時代設定は、第一次世界大戦後のヨーロッパ。ベルサイユ条約によって疲弊したドイツに「この 条約は非人道的だ」と考える、スティーブンスが務める館の主人ダードリー卿はナチスの要人も含めだドイツ人との交流を深めてゆく。
貴族の屋敷がさながら現在の国連の機能を果たしていたらしい。
ヨーロッパ各地の要人らがダードリー卿の晩餐会に集い、そこでの話し合いのほうが、国際連盟での話し合いより重要だったようだ。
白人のエリートのみ。
執事はこうした国際交渉を円滑に行うという重要な役目を担っていた。
主人のダードリー卿は、ナチス要人との交渉に支障をきたさないよう、使用人からユダヤ系の人材を解雇することを命じる。
女中頭のミスケントンは反対するが。
こうした経緯があったため、ダードリー卿には『ナチスの協力者』という不名誉なレッテルが貼られ、失意のうちに亡くなったダードリー卿の屋敷はアメリカ人の手に渡る。
すでに国際連合が力を持ち、白人エリートが国際情勢を左右する時代ではなくなった。
ダードリー卿の屋敷も風光明媚な単なる大邸宅となり、(多分成金の)アメリカ人に買い取られた。
上品な執事は、そんなことは言わないけれど。
執事という職業も貴族の大邸宅も役割が変わってしまった。
維持費のために、ホテルに改造してスノッブな客を呼んでいる貴族もいるくらいなのだから。
こう考えると、いかに多面的な要素を持つ小説であるか、理解できる。